置場
妄想文を思いつくままに書き散らしています。更新頻度は低めの予定です。
「地球へ・・・」ジョミーとブルー
一話で書き切りたかったところですが、やたら長くなりそうだったので分けました(またか)。
前回より少し成長して、ジョミー6歳のお話です。まだまだ前途は多難。
※女性ブルーでジョミーと親子話です。ご注意ください。
自覚 2
念じながら、ジッと水の入った器を見据える。
「う~ん……」
器は中の水ともどもそよとも動かない。
「動いた!」
「はねたよ、見て見て」
同じ条件下の者が次々成功させていく中、自身だけは対象物をどうにも変化させられないことに悔しさを覚え、ジョミーは唇をへの字に曲げた。
「ジョミーできないの?」
「ホントだ」
「ぼくできたのに」
課題を遂行したことで自信を身に付けた子どもたちが、未だ何も為し得ていない彼の周りへわらわらと集まってくる。
「まだ始まったばかりだからね。どれくらいで出来るようになるかは、一人一人違うんだよ」
指導役を任された青年が苦笑しつつたしなめると、子どもらはふーん、と呟きまた散らばっていった。
「気にしなくていい。すぐにできるようになるさ」
慰めるとようにそう言えば、ジョミーは彼を見上げて本当に?と尋ねた。
「すぐできるようになる?」
「ああ、きっとすぐにね。何ていっても、君はソルジャーの息子なんだから」
パシャン、と軽い音がした。
「あ…」
弾けたゴムを見て、少年は小さく失望の声を上げた。
「なんだ、また失敗したのかよ?ジョミー」
「ちょっと間違えただけだ」
反論すれば、ジョミーより少しばかり年長の少年はへっ、とこちらを小馬鹿にした態度で見てくる。
「ちょっと移動するだけだぜ。簡単だろ、こんなの」
不愉快だが相手の言う通り、今日の課題はボウルの中に入っている小さな水風船を3センチと置かず隣り合わせた器に移動させるという、サイオンの操作のコツを憶えた者にとってはごく簡単なもので、周囲の者は次々と成功させている。
しかしジョミーはといえばただいたずらに風船の残骸を増やすばかりで、まだ一度も成功させていない。相手はその一部をつまみ上げながら、にやりと笑みを浮かべた。
「ぜんぜん上手くならないのなあ、お前」
「…うるさい!あっち行けっ」
「ちぇっ、なんだよ」
ぷいと顔を背ければ、同じく気分を害した様子の相手もそのまま去っていった。
――何で上手くいかないんだろう。
僕はソルジャーの、ソルジャー・ブルーの息子なのに。その人がどれだけ尊い存在か、貴い存在かなんて赤子まで知っているほどの素晴らしい人が、母だというのに。
自分の非力さが悔しくてならなかった。
(…動け)
睨み据えながら命じるが、風船は今度は少しも動かない。
(動け 動け 動くんだ!)
パアンッ。一際大きな音がした。音の根源はジョミーがサイオンを向けた風船である。それは今粉々に割れ、中にタプタプと詰まっていた水がほとばしり出ていた。千々に散った風船の欠片は込められた力の影響か鋭さを増し、刃物のような鋭さを持って硬化したまま地面へと突き刺さっていた。
きゃあ、うわ!思いもかけぬ結果に呆然とするジョミーの耳に、少し離れたところから悲鳴が聞こえる。見れば、先ほど彼にちょっかいをかけていた少年が脚を押さえて地面に倒れこんでいた。
破片が刺さったのだ。
理解したジョミーはその事実に青ざめながら、彼へと手を伸ばした。が。
「ダメ!」
ピシリと弾いたのは、駆け寄ってきた世話役の女性の思念だった。
「触らないで、怖がってる」
――怖がっている?何を。
視線をやればその女性の言う通りで、少年は破片が刺さったままで痛む脚を押さえ、怯えた瞳でこちらを見つめている。
ああ、彼は自分のことを恐れているのだ、とそのとき理解した。
「ちがう、まちがえたんだ。わざとじゃない」
声をかけた途端、彼の体はビクリと震え、それを見たジョミーの体も感電したかのように戦慄いた。
「大丈夫、すぐに手当てするからね」
少年に労りの言葉をやる彼女は普段からとても優しい人で、つい先ほど彼女がジョミーに与えた思念も攻撃ともいえないほど慎ましいものであり、痛みはゴムの礫を当てられた程度のささやかさでしかない。
それなのに言いようもなく痛み続ける腕に手をやりながら、彼は目の前の光景をぼんやりと見つめた。
それからというもの、ジョミーは部屋へと閉じ籠るようになってしまった。同室の仲間たちがどんなに誘っても外に出ようとはせず、一日をベッドに潜り込んで過ごした。しかし育ち盛りの食欲には負けたようで、食事時だけは食堂に姿を現した。けれどかきこむように食事を終えれば、またすぐに姿を消す。
一度、あの少年が部屋を訪れたことがあった。彼の傷はごく軽く、破片が刺さっていたのも二ヶ所だけだったので、治りは早かったのだ。
もう平気だ、と彼は言った。
「あのときはビックリしたけど、考えてみればそこまで痛くなかったし、先生も間違いは誰にでもあるって言ってたし…」
――彼はジョミーを許しにきたのだ。しかしジョミーは、それでも部屋から出ようとはしなかった。
怪我をさせたことへの後悔からではない。無論それもあるにはあったが、時が経つにつれ彼が考えるようになったのはむしろ、自分の力の異質さだった。
そもそもミュウの力は攻撃に向いていない。それは一人一人の力が微々たるものであるのと、彼らが基本的に穏やかな性質を有するがゆえのことである。
だが、ジョミーは事件のことを繰り返し思い返すうち、強く自覚したのだ。自分の力が他者のそれよりずっと強く、他者のそれより遥かに攻撃的なものであることを。
仲間と意識を共有したり、感情の交換をしたりといったことに慣れていたジョミーにとって、自分が
そうして鬱ぎ込むばかりであったある日のことだった。仲間がみな外へ出払い、光量の落とされた部屋で一人シーツに包まるジョミーの目に、閉じた瞼を透かしてまばゆい光が飛び込んできた。顔を上げて光の出所を見てみれば、現れた美しい人型と目が合い、にこりと微笑まれた。
「やあ、ずいぶんと久しぶりだね。ジョミー」
「ソルジャー?!」
何でここに。問えば、君が出てこないからだよ、と簡潔に答えを示された。
「僕は君に会いたかったのに、なかなか出てきてくれなかったろう?待ちきれなくて来てしまったんだ」
そう言って、彼女はますます笑みを深くする。
…ずるい。ジョミーは心の中で呟いた。彼女の微笑みは、息子である彼にさえも著しい効果がある。そんな人が近寄ってきて、頬に優しく手を当てられて。何もかも、隠しきれなくなってしまう。
「ぼくは普通じゃないのかな」
うつむけた顔を押し付けるようにしてしがみついた。
「なぜ?」
ブルーも彼の背中に手を回す。
「だって、みんなとちがうんだ。こんなの嫌だよ。まただれかにケガさせちゃうかもしれない」
ポロポロと、吐くつもりのなかった言葉がこぼれていく。
「ジョミー。君は、君の持つ強さを恐れているの?」
すべてを見透かすような瞳にひたと視線を合わせられると、見とれてしまい考えが散漫になった。
「君の強さはソルジャーとして何よりふさわしいものだ。君は皆の希望なんだよ、ジョミー」
「ソルジャー?僕が?」
「そう。君にはいずれ私の跡を継いでほしいと思っているんだよ。君にはそれだけの力がある」
断言されて妙に気恥ずかしくなるが、そんなことよりまず疑問があった。
「…ソルジャーって、名前じゃないの?」
「え」
空気が途端にシンと静まり返ったので、何か間違えただろうか、と不安になる。すると。
「…ジョミー、君は『ソルジャー』を私の名前だと思っていたの?」
問い返す言葉も静かなブルーの声が、少し怖い気がする。
「ちがうの…?」
恐る恐る答えると、ブルーは苦笑しながら首を横に振った。
「違うよ。ソルジャーというのは私の――そうだね、役目を表している言葉というだけで、名前じゃない」
君は私の名前を知らないのかい?問われて慌てて否定する。
「ううん!知ってるよ!ブルー、でしょ?知ってるけど、えらい人は名前がたくさんあるって聞いたことあるから、きっとソルジャーももっといっぱいあるんだって思ってて…」
「だからソルジャーとブルーでそれぞれ名前だと?なるほど」
それにしても、君の思念は素直だね。そんなにかしこまらなくてもいいのに。と笑いながら彼女は言うので、ジョミーはとても恥ずかしくなった。しがみつく手に自然と力が入る。
「みんなにも言われるよ。お前の"声"はうるさい、って」
「それだけ力が強いということだよ。良いことだ」
それでね、と彼女は照れて体をもじもじとしだしたジョミーに切り出す。
「君の訓練は私が受け持つことにした」
「ええっ?!」
「その方がいい。だって君は、私と同じ力を持っているんだからね」
ソルジャー・ブルーと、同じ力。その響きに、疎ましく思っていた力が急に素晴らしいものに思えてきたから現金なものだ。
「それとね、ジョミー」
秘密のことを教えるように、彼女は自分の唇の前に指を一本立たせてみせた。
「私の名前はブルー、これ一つだけだよ。よく覚えておいて」